ふたりのヌーヴェル・ヴァーグ ゴダールとトリュフォー

2020年05月23日
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67点

映画界の新しい流れ「ヌーヴェル・ヴァーグ」を牽引したゴダールとトリュフォーの関係を描いたドキュメンタリー映画。

ふたりのヌーヴェル・ヴァーグ



初長編監督「大人は判ってくれない」でカンヌを席巻し、一躍、有名監督の仲間入りを果たすトリュフォー。その後、すぐにゴダールが「勝手にしやがれ」を発表し、二人は注目を集める。彼らの、これまでにない新しい映画の作り方を人々は「ヌーヴェル・ヴァーグ」と評して絶賛した。しかし、ブームは長く続かず、映画の興行成績も下火に。さらに五月革命を境に、これまで同志であった二人は決別してしまい……。

ヌーヴェル・ヴァーグの代表的な存在であるトリュフォーとゴダール。
彼らの生い立ちや関係性を、当時の写真や映像資料から追っていくのが興味深い。

同じ雑誌で先鋭的な映画批評をしていた二人だったが、監督になるまでの道のりはまったく違っていた。
裕福な家庭で育ち、充実した学生生活を満喫しながら、芸術家としての成功を夢見ていたゴダール。
貧しい家庭に生まれ、逮捕歴もあり、出世ではなく好きな道を生きたいと願っていたトリュフォー。
まるでリア充とオタクだ。

でも、二人は互いの映画を認め合い、時には共同で映画を作るなどして友情を深めていく。
ヌーヴェル・ヴァーグの人気が凋落しても、二人の関係は変わらない。むしろ同志としての絆は深まってさえいく。
それだけに決別のシーンは残酷だ。

もともと、映画に対する考え方の違いがあったのは、インタビューなどを観ていてもはっきりとわかる。
ゴダールは「我々は常に古い概念を破壊し、新しいことを創造していくのだ」と息巻く。
それに対して、トリュフォーは「新しいことをしているんじゃない。作りたいものを自然と作っているだけだ」と静かに語る。

たぶん、ゴダールにとって映画とは自分を表現するための手段であり、武器だったのだと思う。
だから、政治が映画に介入してきた時、彼はそれに反対する運動に燃え、映画を使って政治的運動に乗り出す。
「主張する自分」がいる以上、映画を使ってそれを表現することは自然なことでしかない。

一方で、トリュフォーは純粋に映画そのものを愛していたんだと感じる。
彼にとって、自分がその時、どんな問題を抱えているかは二の次で、まずは「映画を撮りたい」という思いがあるのだ。
彼は周りに何を言われようと、それまで通り、映画を撮ることをやめない。
その姿はまるで職人のようでもあり、映画に人生を捧げた一人の殉教者のようでもある。

相容れないはずの二人が、ヌーヴェル・ヴァーグという流れを通して、友情を育んだことがむしろ奇跡だったのだろう。
そして、その奇跡は、長続きはしなかった。

映画の最後は、「大人は判ってくれない」でデビューしたジャン=ピエール・レオーの話で結ばれるが、これがとても胸に痛かった。
トリュフォーに見いだされ、アントワーヌ・ドワネルという役をもらった彼は、その後もトリュフォーの映画で同じ役を演じ続ける。
トリュフォーには絶対の信頼と安心感をも抱いている。でも、その反面でゴダールの映画にも出演し「ドワネルからやっと解放された」とも語る。
もはや道を分った二人の間で、彼は悶々と苦悩する。
映画の中の「ふたりの父親の間で揺れる子供」というナレーションは、まさにその通りという感じだ。

どちらの道が正解かはわからない。
ただ、奇跡の友情がもう少し続いてくれたら、せめて後に和解してくれたら、と思わずにはいられない。

※ほか、ちょっと。
・これでヌーヴェル・ヴァーグのすべてがわかるわけではないです。というか、わかりません。
・トリュフォーがヒッチコックを尊敬していた、とか知らなかった。彼がヒッチコックに嬉々としてインタビューしているシーンは微笑ましい。
・お互いに手紙で「お前の映画はウソつきだ」と罵り合うシーンは悲しすぎる。
・ゴダールの映画を「観客をバカにしている」と批難する当時の観客の姿は衝撃的だった。
・どちらが好きかと言われれば、トリュフォーと答えます。
・ゴダールはいまもご存命です(2020年5月現在)。
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ひこくろ
Posted by ひこくろ
フリーでライターをしています。
有名人に会えるとワクワクしてしまうミーハーです。
1000本分の映画をぶった斬ってしまったので、これからはおススメの映画が1000本分溜まるまでやろうと思っています。

※おススメな映画があったらお気軽に教えてください。

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