牛の鈴音

2020年07月18日
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心が震えました
73点

牛と共に生きる老夫妻の姿を追った韓国のドキュメンタリー映画。

牛の鈴音



牛に畑を耕させる生活を送ってきたおじいさんだったが、牛が病気で倒れ、寿命が長くないことを医者に告げられてしまう。しかたなく、新しく若い牛を買うおじいさんとおばあさん。しかし、おじいさんは老牛との畑仕事を続けるのだった。そんなある日、今度はおじいさんが激しい頭痛に襲われ……。

これほど何も起こらないのに、人を惹きつける映画も珍しい。
ただ牛が歩き、老夫妻が農作業をし、時折いろいろ小さなことはあるものの、日々が過ぎる。
ドキュメンタリー映画だが、カメラの視点、取材者は一切出てこない。
老夫妻も取材されているふうではなく、ただいつもの毎日を送っているだけだ。

これが地に足を付けて生きる人の魅力なのかもしれないとも思った。
だけど、その姿は単純に美しいものではない。老夫妻も牛も演出されていない分、相当に生々しい。
おじいさんは、機械を使うのも、牛の飼料を買うのも嫌がり、自分で牛のための草を刈り、牛で畑を耕す。
牛に悪いという理由で農薬も一切使わない。ただ、脚が悪く、作業をおばあさんにやらせている。
おばあさんのほうは、性格がきつく、口を開けば文句か愚痴を常に言い続けている。
「私の人生はこき使われるだけだ」とか「なんでこんな人の嫁になったんだ」とか、聞いていて嫌な気分になるようなことばかりをだ。

無口なおじいさんと、おしゃべりなおばあさん。
面白いことに、二人はともに、老牛に自分の姿を重ねている。
死ぬまで働き続けられることこそ本望だと信じ、自分の代わりになるもの(機械や新しい牛)を否定し、牛を売ることを頑なに拒むおじいさん。彼にとって「牛を売れ」というのは、「お前はもういらない」と言われているのと同じことなのだろう。
だからこそ、おじいさんはどこまでも老牛を守り続ける。

「もう牛を休ませてやれ」と言うおばあさんは、一方で「私は牛の面倒は見ないよ」と言い切る。
もっと楽に生活したい、そのためなら機械でも農薬でも、なんでも導入したい。なんなら畑仕事もやめたい。
そう願うおばあさんは、だからこそ、自分を重ねる老牛を、仕事から解放させたいと願い続ける。

この映画は老夫妻にとっての「死」とは何かも、リアルに描き切っている。
おじいさんにとっての死は、おそらく牛の死と同じだ。牛が死ねば、おじいさんも死ぬ。少なくともおじいさんはそう思っている。
対して、おばあさんの死の捉え方はもっと現実的だ。
遺影がないと困ると言って、おじいさんと一緒に写真を撮りに行き、牛の死後のこともぶつくさ言いながら考えている。

映画の最後で牛は死ぬ。
その時、おじいさんとおばあさんはどうするのか。その先をどう生きるのか。
映画は何も答えないまま終わる。だが、観ている人はきっとわかるはずだ。
たとえ牛が死んでも、おじいさんとおばあさんの日々はまだ終わらない、と。
それこそが「死」の意味なのだと。

素晴らしいドキュメンタリー映画だと思う。

※ほか、ちょっと。
・韓国にもこういうタイプの映画ってあるんだなぁ、とちょっと驚いた。
・「まだ早いよ。私らが死ぬまで待っとくれ」というおばあさんのひと言は、意外過ぎて泣ける。
・見方を変えれば、二人とも「老害」以外の何者でもない。そこら辺も面白い。
・やっぱりドキュメンタリーの肝は、誰を映すかですよ。
・「牛の鈴音」って邦題は上手いと思った。あの鈴の音はとても印象に残る。
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ひこくろ
Posted by ひこくろ
フリーでライターをしています。
有名人に会えるとワクワクしてしまうミーハーです。
1000本分の映画をぶった斬ってしまったので、これからはおススメの映画が1000本分溜まるまでやろうと思っています。

※おススメな映画があったらお気軽に教えてください。

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